同じ「やり直して」という言葉でも、誰に言われるかで、受け取り方はまったく違います。厳しいことを言っても、部下に「自分のため」と受け取ってもらうには、何が必要でしょうか。この記事では、信頼関係の築き方(信頼残高)と、明日から使える言葉かけのコツ、そして管理職を孤立させない組織の仕組みを解説します。
※人事・研修ご担当の方、経営者の方へ:研修のご案内は、記事の後半(研修のご紹介)にまとめています。
この記事でわかること
- 「信頼残高」が、言葉の伝わり方を決める
- 信頼残高を増やす、日常の3習慣
- 世代による「当たり前」の違いと、心理的安全性
- 叱る前の「6秒」で、言葉が変わる
- 伝え方の4ステップ——事実・影響・期待・確認
- NGフレーズの言い換え
- Iメッセージと、フィードフォワード
- 言い換えてみよう(実践例)
- 組織で支える——管理職を孤立させない3つの仕組み
- まとめ:愛ある指導とは
- 研修・講演のご紹介(人事・研修ご担当者様、経営者様へ)
「信頼残高」が、言葉の伝わり方を決める
部下に何かを指摘するとき、内容が正しいことと、相手に届くことは別です。その差を生むのが、日頃の関わりで積み上がる「信頼残高」です。
信頼残高とは、銀行口座のように、日々の関わりで増えたり減ったりする信頼のことです。叱る・指摘するという行為は、一時的に残高を引き出す行為にあたります。残高があれば、厳しい言葉も「自分のため」と受け取ってもらえます。残高がゼロの状態で叱ると、正しい内容でも「攻撃」と受け取られます。
| 預け入れ(残高が増える) | 引き出し(残高が減る) |
|---|---|
| 名前を呼んで挨拶する | 忙しいからと話を遮る |
| 小さな成長に気づき、言葉にする | 結果だけで評価する |
| 約束を守る | 気分で態度が変わる |
| 話を最後まで聴く | 他の部下と比較する |
| 自分の失敗を素直に認める | 陰で評価を口にする |
ハラスメント対策の本質は、普段の関わりにある。叱り方のテクニックだけでなく、日頃の信頼残高をどう積むかが問われます。
信頼残高を増やす、日常の3習慣
① 承認
結果・行動・存在を認める
「最近、段取りが良くなったね」
「助かったよ、ありがとう」
② 関心
変化に気づき、名前を呼ぶ
「〇〇さん、今週どう?」
※私生活への過度な詮索は「個の侵害」に
③ 対話
部下が話す時間をつくる
月1回・15分の1on1でもOK
上司は「聴く」に徹する
ここで、振り返ってみてください。この1週間、部下の名前を呼んで、行動を具体的に認めた場面はいくつありましたか? 続ける上司とそうでない上司とでは、半年後に大きな差がつきます。
世代による「当たり前」の違いと、心理的安全性
世代間のギャップは、良し悪しではなく、育った環境の違いです。
| 上司世代が育った職場 | 今の若手が大切にしていること |
|---|---|
| 「見て覚えろ」 | 理由と目的を知りたい |
| 「叱られて一人前」 | 成長につながるフィードバックがほしい |
| 評価は年に一度 | こまめな声かけ・承認がほしい |
| 注意はみんなの前で | 個別に、丁寧に伝えてほしい |
若手は「叱られたくない」のではありません。成長につながるフィードバックは、むしろ求めています。抵抗があるのは、理由のない命令と、人前での叱責です。求められているのは「甘やかす」ことではなく、「伝え方を変える」ことです。
心理的安全性は「甘い職場」ではない
心理的安全性とは、率直な意見や失敗の報告をしても、罰せられたり馬鹿にされたりしないと感じられる状態のことです(ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン氏が提唱)。よくある誤解は、「優しくする、厳しく言わない」ことだという理解です。
| 心理的安全性:低い | 心理的安全性:高い | |
|---|---|---|
| 仕事の基準・要求:高い | 不安ゾーン ミスが隠され、報告が遅れる(品質・事故の芽) |
学習ゾーン(目指す姿) 率直に言い合い、失敗から学ぶ |
| 仕事の基準・要求:低い | 無関心ゾーン 誰も関わらず、何も生まれない |
ぬるま湯ゾーン 居心地は良いが、成長しない |
目指すのは、高い基準 × 高い安全性 = 成長するチームです。何も言わない職場は、安全なのではなく、「ぬるま湯」か「無関心」に近いのかもしれません。
人事・研修ご担当者様、経営者様へ:こんな課題はありませんか
- 管理職が、世代の違う若手との接し方に悩んでいる
- 厳しい指摘が、部下に届かない、または反発される
- ミスの報告が遅れたり、隠されたりしている
- 管理職任せになっていて、組織としての支えが十分でない
一つでも当てはまる場合は、信頼関係の築き方と、言葉かけを、ワークで実践的に学ぶ研修・講演が役に立ちます。内容はこの記事の後半でご紹介しています。
叱る前の「6秒」で、言葉が変わる
ミスを見た瞬間に口を開くと、感情が乗った言葉が出てしまいます。怒りのピークは長くは続かないとされています(アンガーマネジメントの考え方)。叱る前に、まず6秒待つ。その間に、次の3つを確認します。
伝え方の4ステップ——事実・影響・期待・確認
伝え方は、次の4つのステップで組み立てます。人格を否定する言葉が入り込む余地のない伝え方です。例は、製造現場の検査記録の記入漏れです。
NGフレーズの言い換え
つい口にしがちなフレーズを、相手の状況を知り、次の行動につなげる言葉に言い換えてみましょう。
| つい言いがちなNGフレーズ | 言い換え例 |
|---|---|
| 「何度言ったらわかるんだ」 | 「どこで引っかかっているか、一緒に確認しよう」 |
| 「やる気あるのか」 | 「最近どうした? 何か困っていることはある?」 |
| 「なんでこんなこともできないんだ」 | 「どこまでできていて、どこからが難しい?」 |
| 「普通はこうするだろう」 | 「うちの職場ではこうしている。理由は〜だからだ」 |
| 「もういい、俺がやる」 | 「今回は一緒にやろう。次は任せるよ」 |
| 「言われた通りにやれ」 | 「目的は〇〇だ。やり方に案があれば聞かせて」 |
左は、人格や能力を責めるか、対話を打ち切る言葉です。右は、相手の状況を知ろうとし、次の行動につなげる言葉です。ご自身がつい言ってしまう言葉はありましたか。
Iメッセージと、フィードフォワード
主語を「私」に——Iメッセージで伝える
| Youメッセージ | Iメッセージ |
|---|---|
| 「(あなたは)いつも報告が遅い」 → 責められていると感じ、反発・言い訳が生まれやすい |
「報告が早いと、(私は)すぐ手を打てて助かるんだ」 → 受け取りやすく、自ら行動を変えるきっかけになる |
フィードバックから「フィードフォワード」へ
過去を問い詰めるか、未来に向けて問うか——問い方で、部下の頭の動きが変わります(フィードフォワードは、マーシャル・ゴールドスミス氏が提唱した考え方です)。
| 過去を問い詰める | 未来に向けて問う |
|---|---|
| 「なぜ遅れたんだ?」 「誰のせいだ?」 → 部下は「言い訳」を探し始める |
「次に同じ状況になったら、どうする?」 「うまくいかせるために、何が必要?」 → 部下の頭が「解決策」を考え始める |
もちろん、原因分析は必要です。ただし、それは人を責めるためではなく、仕組みを一緒に考えるためです。
主体性を引き出す問いかけ——GROWモデル
経験を積んだ部下には、答えを教えるより、問いかけて自分で考えてもらうほうが効果的です。自分で決めたことは、言われたことより実行されやすいからです。
| G Goal(目標) | 「どうなったら理想的?」 |
| R Reality(現状) | 「今はどこまでできている?」 |
| O Options(選択肢) | 「他にどんなやり方がある?」 |
| W Will(意志) | 「まず何から始める? いつやる?」 |
「問う」場面:経験を積んだ部下/改善・工夫を引き出したいとき
この使い分けが大切です。
言い換えてみよう(実践例)
次の3つの場面のNGフレーズを、「事実→影響→期待→確認」と、Iメッセージ、未来への問いを使って言い換えてみましょう。正解は1つではありません。まずご自身で考えてから、下の例をご覧ください。
①は事実と影響を伝え、事情を聴き、未来を問う流れ。②は手順の理由を伝え、やりにくさを聴く流れ(現場の声が、手順そのものの改善につながることもあります)。③は経験を認めながら問いかける流れです。承認されると、ベテランは動き出します。
組織で支える——管理職を孤立させない3つの仕組み
ここまでは、管理職個人ができる工夫でした。しかし、管理職1人の努力には限界があります。特に経営者・役員、人事の皆さまに考えていただきたいのが、組織の仕組みです。
「ハラスメントは許さない。同時に、部下を育てる適正な指導は会社が支持する」
この両方をトップの言葉で伝え、経営層自らが手本を示すことが大切です。
「何かあれば管理職の責任」とだけ伝えていると、管理職は萎縮します。管理職は、自分がされたように部下に接します。手本は、経営層です。
まとめ:愛ある指導とは
愛ある指導
高い期待(厳しさ) × 深い関心(温かさ)
- 信頼残高が、言葉の伝わり方を決める。承認・関心・対話の積み重ねが、厳しい言葉を「届く言葉」に変える
- 叱る前に6秒待ち、「事実・影響・期待・確認」で伝える。人格を否定する言葉が入り込む余地をなくす
- 過去を責めず、未来を語る。「次はどうする?」の一言が、部下の主体性を引き出す
- 管理職を1人で抱え込ませない。基準の言語化、相談の場、トップの明言が支えになる
まずは明日、部下の名前を呼んで、行動を一つ具体的に認めることから始めてみてください。それが、信頼残高を増やす最初の一歩です。
研修・講演のご紹介(人事・研修ご担当者様、経営者様へ)
当社では、「ハラスメントを恐れず、部下と向き合うコミュニケーション術——正しい指導と信頼関係で、部下の主体性を引き出す」をテーマに、管理職・経営層向けの研修・講演のご相談をお受けしています。この記事でご紹介した言い換えワークなど、隣の方と話しながら考える参加型のワークを取り入れ、明日の職場で使える言葉かけを持ち帰っていただきます。
問いかけで部下に考えてもらう関わり方(コーチング)を中心に学びたい場合は、コーチング研修のページもあわせてご覧ください。
ハラスメント防止研修の
詳細を見る
研修の内容・日程・費用を
相談する
管理職が、部下に「届く言葉」で向き合える組織にしたい人事・経営者様へ
信頼関係の築き方と、明日から使える言葉かけを、ワークで学ぶ研修・講演をご提案します。
対象人数・時間・業種の特徴に合わせて、内容をご相談いただけます。
田中 和義
株式会社エス・シー・ラボ 代表。リクルート出身。人材ビジネス業界35年以上、営業経験25年以上、管理職経験25年以上。リクルートグループ2社でトップセールスの実績を誇る。年間170回以上の企業研修・講演を行う実践派講師で、研修・セミナーの受講者は3万人以上。ハラスメント防止・コーチング・傾聴力・Z世代マネジメント・面接官トレーニングを中心に、現場で使えるスキルの習得を支援している。Udemy Business講師。