「ミスに気づいても、今言うとパワハラと言われるかもしれない」——多くの管理職が、同じ迷いを抱えています。この記事では、どこまでが指導で、どこからがハラスメントかを、国の指針にもとづいて整理します。迷ったときに使える「4つのものさし」と、職場でよくある場面の判定クイズもご紹介します。
※人事・研修ご担当の方へ:管理職向けハラスメント防止研修のご案内は、記事の後半(研修のご紹介)にまとめています。
この記事でわかること
- データで見る、管理職の「迷い」
- 「言わない」ことのリスク
- パワハラの定義——3つの要素
- 「部下が嫌だと感じたら」即パワハラ?
- パワハラの6類型——「関わらない」も含まれる
- 指導とハラスメントを分ける4つのものさし
- 正しいことを言っても、これをやればハラスメント
- 判定クイズ:これは指導? ハラスメント?
- まとめ
- 管理職向けハラスメント防止研修のご紹介(人事・研修ご担当者様へ)
データで見る、管理職の「迷い」
厚生労働省の実態調査(令和5年度)から、職場の現状を見てみましょう。
対策に取り組む企業が挙げた課題 第1位
59.6%
「ハラスメントかどうかの判断が難しい」
過去3年間にパワハラを受けたと回答した労働者
31.4% → 19.3%
令和2年度調査 → 令和5年度調査
出典:厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(委託先:PwCコンサルティング合同会社)。1つ目の数値は、ハラスメント対策に取り組んでいる企業の回答です。
被害を受けたとする人の割合は、減っています。しかし、現場の「どこまでが指導か」という迷いは残っています。この迷いが、管理職の萎縮を生んでいます。
「言わない」ことのリスク
迷った管理職は、つい「言わない」選択をしがちです。しかし、それは安全な選択ではありません。言えない状態が続くと、次のような悪循環(指導の萎縮スパイラル)が起こります。
↓
部下が課題に気づけない
↓
部下が成長しない
↓
品質・安全・業績の低下
↓
上司が仕事を抱え込む
(そして、ますます言えなくなる)
特に製造や建設などの現場では、安全ルールの逸脱や品質の手抜きを「言いづらいから」と見逃すと、事故や不良、顧客の信頼低下に直結します。「言わないリスク」は、「言うリスク」より大きいのです。
パワハラの定義——3つの要素
職場のパワーハラスメントは、労働施策総合推進法にもとづく国の指針で、次の3つの要素をすべて満たすものと定義されています。
| 要素 | 内容 | ポイント |
|---|---|---|
| ① | 優越的な関係を背景とした言動 | 上司から部下に限らず、専門知識をもつ部下や集団からの言動も含む |
| ② | 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの | 指導の分かれ目。言動の目的・方法・程度が問われる |
| ③ | 労働者の就業環境が害されるもの | 能力の発揮に看過できない程度の支障が生じる等 |
ただし——
指針では、「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない」とされています。適正な指導は、国も認める上司の役割です。
出典:厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント防止のための指針」
「部下が嫌だと感じたら」即パワハラ?
「部下が不快に感じたら、パワハラになる」と思っていないでしょうか。判断の基準は、そうではありません。
判断の基準:「平均的な労働者の感じ方」
同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業するうえで看過できない程度の支障が生じたと感じるかどうかで判断します。「不快に感じた」=即パワハラ、ではありません。(ただし、相手の心身の状況も考慮されます)
判断にあたっては、次のような要素が総合的に考慮されます。
- 言動の目的
- 言動が行われた経緯や状況(部下の問題行動の有無・内容・程度を含む)
- 業種・業態、業務の内容・性質
- 言動の態様・頻度・継続性
- 労働者の属性や心身の状況
- 行為者との関係性
同じ強い口調でも、事故を防ぐためなのか、苛立ちを発散するためなのかで、評価は変わります。ただし、「この部下が過敏なだけ」と切り捨てるのは危険です。相手の状況への配慮は、欠かせません。
人事・研修ご担当者様へ:管理職について、こんな課題はありませんか
- 「ハラスメントかどうか」の判断が、管理職によってばらばら
- 管理職が萎縮して、必要な指導や注意をしなくなっている
- ハラスメント防止研修が、知識の説明だけで終わっている
- 自社の現場に合わせた事例で、境界線を共有したい
一つでも当てはまる場合は、判定ワークで「指導の境界線」を自分の言葉で説明できるようにする研修が役に立ちます。内容はこの記事の後半でご紹介しています。
パワハラの6類型——「関わらない」も含まれる
国の指針は、パワハラを次の6つの類型で示しています。
| 類型 | 例 |
|---|---|
| 1 身体的な攻撃 | 殴る、蹴る、物を投げつける |
| 2 精神的な攻撃 | 人格を否定する発言、他の社員の前での大声による威圧的な叱責の繰り返し |
| 3 人間関係からの切り離し | 意に沿わない部下を別室に隔離する、集団で無視する |
| 4 過大な要求 | 必要な教育をせず対応できない業務を課し、達成できないと厳しく叱責する |
| 5 過小な要求 | 気に入らない部下に仕事を与えない、能力とかけ離れた単純作業のみを命じる |
| 6 個の侵害 | 私的なことを過度に詮索する、機微な個人情報を本人の了解なく暴露する |
緑色の「切り離し」と「過小な要求」は、管理職が萎縮した結果、陥りやすい類型です。距離を置く、仕事を任せない——「関わらない」「任せない」も、状況によってはパワハラに該当しえます。問われるのは「厳しさ」ではなく、「目的と方法」です。
指導とハラスメントを分ける4つのものさし
迷ったときは、次の4つのものさしで確認してください。
① 目的
誰のため?何のため?
部下の成長・業務改善のためか、自分の怒りの発散のためか
② 対象
何を叱っている?
行動・事実か、人格・能力そのものか
③ 方法
どう伝えている?
場所・時間・回数・言葉の選び方は相当か
④ 感情
冷静でいられている?
怒りに任せて言葉を選んでいないか
1つでも怪しいと感じたら、一呼吸おいて、伝え方を変えましょう。4つのものさしを表にまとめると、指導とハラスメントの違いがはっきりします。
| 観点 | 指導 | ハラスメント |
|---|---|---|
| 目的 | 部下の成長・業務の改善 | 感情の発散・支配 |
| 焦点 | 行動・事実 | 人格・能力の否定 |
| 場所 | 原則1対1(安全に関わる緊急時は即時に) | 大勢の前でさらす |
| 時間・回数 | 短く、1回1テーマ | 長時間、何度も蒸し返す |
| 時間軸 | 未来——「次はどうするか」 | 過去——「なぜできないのか」 |
| 叱った後に残るもの | 「次はこうしよう」という道筋 | 恐怖と萎縮 |
いちばん大切なのは、最後の行です。叱った後、部下の中に何が残っているか——それが、指導かハラスメントかを分けます。
正しいことを言っても、これをやればハラスメント
注意が必要なのは、指導の「内容」が正しくても、「伝え方」を誤ればハラスメントと判断されやすいことです。次の5つは、特に避けたい伝え方です。
「何を言うか」以上に、「どう言うか」が問われているのです。
「昔の厳しい指導」を真似するリスク
かつての職場では、先ほどの5つが「厳しい指導」として当然のように行われていました。今、かつての上司の指導トークや方法をそのまま再現すれば、ハラスメントの加害者になる大きなリスクがあります。
「自分がされた指導」を、そのまま部下にしない。これが、世代を超えて育成を続けるための第一歩です。
判定クイズ:これは指導? ハラスメント?
職場でよくある5つの場面です。4つのものさしを使って、○(適正な指導)/×(ハラスメント)/△(要注意)で判定してみてください。答えは、すぐ下にあります。
▼ 判定のポイント ▼
| 場面 | 判定 | ポイント |
|---|---|---|
| A | ○ 適正な指導 | 命に関わる危険の回避は最優先。落ち着いた後に理由を説明し、フォローする |
| B | × ハラスメント | 「やる気あるのか」は人格否定。ライン全員の前での叱責も、方法の相当性を欠く |
| C | × ハラスメント | 原因確認は必要。ただし、長時間の詰問と翌日の蒸し返しは、態様・継続性の面で問題 |
| D | ○ 適正な指導 | 支援とセットの育成的な任せ方。支援なしの丸投げなら、「過大な要求」に近づく |
| E | × ハラスメント | 仕事を与えない放置は、「過小な要求」「切り離し」に当たりうる |
「叱ったか、叱っていないか」ではなく、4つのものさしで見ると、境界線が見えてきます。
管理職の「判断のものさし」を、組織でそろえたい企業様へ
このような判定ワークを取り入れ、指導とハラスメントの境界線を学ぶ研修・講演のご相談をお受けしています。
まとめ
「叱ってはいけない」のではない。「叱り方」を間違えてはいけない。
- 業務上必要で相当な指導は、むしろ上司の責務
- 迷ったら「目的・対象・方法・感情」の4つのものさしで確認する
- 「関わらない」「任せない」も、状況によってはハラスメントになりうる
- 正しいことを言っても、人格否定・公開処刑などの伝え方は避ける
最後に、セルフチェックを一つ。「この場面を録画され、社外の人に見られても、胸を張って説明できるか」——この問いに「はい」と答えられる指導であれば、自信をもって部下に向き合えます。
管理職向けハラスメント防止研修・講演のご紹介(人事・研修ご担当者様へ)
管理職が萎縮する背景には、「どこまでが指導か」を組織として共有できていないことがあります。当社では、「ハラスメントを恐れず、部下と向き合うコミュニケーション術」をテーマに、管理職・経営層向けの研修・講演のご相談をお受けしています。この記事でご紹介した判定ワークなど、隣の方と話しながら考える参加型のワークを取り入れています。
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田中 和義
株式会社エス・シー・ラボ 代表。リクルート出身。人材ビジネス業界35年以上、営業経験25年以上、管理職経験25年以上。リクルートグループ2社でトップセールスの実績を誇る。年間170回以上の企業研修・講演を行う実践派講師で、研修・セミナーの受講者は3万人以上。ハラスメント防止・コーチング・傾聴力・Z世代マネジメント・面接官トレーニングを中心に、現場で使えるスキルの習得を支援している。Udemy Business講師。