カスタマーハラスメント(カスハラ)は、業種によって起きやすい場面・行為の種類・対応の難しさがまったく異なります。小売・飲食・医療・介護——それぞれの現場には、その業種特有のカスハラが存在します。「うちの業界では何が起きているのか」「どう対応すればいいのか」を業種別に具体的に解説します。2026年10月から義務化されるカスハラ対策に向けて、自社・自職場の現状を見直すきっかけにしてください。

この記事でわかること

  1. 業種によってカスハラの「形」が違う理由
  2. 小売業(スーパー・コンビニ・百貨店等)のカスハラ事例と対策
  3. 飲食業のカスハラ事例と対策
  4. 医療現場のカスハラ事例と対策
  5. 介護・福祉現場のカスハラ事例と対策
  6. 業種共通——管理職が今すぐできること

業種によってカスハラの「形」が違う理由

カスハラの定義は共通していますが、どんな行為が起きやすいか・誰が加害者になりやすいか・対応の難しさはどこにあるかは、業種によって大きく異なります。

業種別カスハラ経験率(パーソル総合研究所 2024年調査)

1位:医療・福祉分野 29.9%(3年以内のカスハラ経験率)
2位:販売・接客業 約25%前後
3位:飲食サービス業

カスハラの3割が病院・福祉施設などで起きているという事実は、多くの人にとって意外に感じられるかもしれません。「患者・利用者への配慮が最優先」という文化が、かえってカスハラを受け入れやすい環境を生み出してきた側面があります。

また、厚生労働省は2024年度に業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアルを作成しており、スーパーマーケット・飲食業・介護業など業種別に具体的な対策指針を示しています。カスハラ対策は「全業種共通の一般論」だけでは不十分で、自社の業種・業態に合わせた設計が必要です。


小売業(スーパー・コンビニ・百貨店等)のカスハラ

小売業で起きやすいカスハラの特徴

小売業は不特定多数の顧客が日常的に来店するため、様々な背景・状況の人と接することになります。レジ・サービスカウンター・売り場など、逃げ場のない1対1の状況でカスハラが発生しやすく、周囲に他の顧客がいる中で対応しなければならない難しさがあります。

小売業で多いカスハラの具体例

・レジ待ちが長いことへの暴言・怒鳴り(「何やってんだ」「バカじゃないのか」)
・商品の返品・交換の拒否に対する長時間のクレーム・居座り
・「店長を呼べ」「本社に言う」「SNSに書く」等の脅迫的言動
・レジ操作ミスへの過剰な謝罪要求・土下座の強要
・割引・値引きへの不当な要求(「これ傷があるから半額にしろ」等)
・万引き疑惑をかけられたことへの逆ギレ・暴力
・特定のスタッフに執拗につきまとう・個人情報の開示要求

小売業特有の難しさ

他の顧客の目前でのトラブル対応
レジや売り場でのトラブルは他の顧客の目の前で起きるため、「その場を収める」ために不当な要求に応じてしまいがち。場所を移す・上長を呼ぶ判断が遅れやすい。
パート・アルバイトが最初の対応者になりやすい
経験の浅いスタッフが一人でカスハラ対応を迫られるケースが多い。「どこまで対応すべきか」の判断基準が本人に委ねられがち。
名札による個人特定リスク
名札から個人名が特定され、SNSへの書き込みや自宅への押しかけなどに発展するケースも。名札の表示を「苗字のみ」「ファーストネームのみ」に変更する企業・自治体が増えている。

小売業での対策ポイント

・「上長を呼ぶ基準」を明文化し、スタッフ全員に周知する
・カスハラ対応を「一人でしなくていい」と日頃から伝える
・名札の表示方法を見直す(フルネームをやめる)
・「当店ではお客様への著しい迷惑行為に対し、毅然と対応します」という掲示を行う


飲食業のカスハラ

飲食業で起きやすいカスハラの特徴

飲食業は「食事」という生活に密着したサービスを提供するため、顧客の期待値・満足度への感情移入が強くなりやすい環境です。アルコールが絡むシーンも多く、酔客によるカスハラが深刻な問題になっています。

飲食業で多いカスハラの具体例

・料理・提供時間・味への過剰クレームと暴言(「こんな不味いもの食えるか」等)
・酔客による暴言・身体的接触・セクシャルハラスメント
・異物混入を口実にした不当な無償提供・返金要求
・「食べ終わったのに食中毒だと言い張る」等の虚偽クレーム
・SNSへの虚偽の悪口投稿を脅し手段にした要求
・閉店後の居座り・退店拒否
・スタッフへの連絡先要求・つきまとい

飲食業特有の難しさ

アルコールが絡む夜間帯のカスハラ
酔客への対応は、素面のカスハラより格段に難しい。判断力・理性が低下しているため、通常の対話が通じないケースも多い。深夜帯は管理職不在で現場スタッフだけで対応することも。
「クレームを収めることが接客」という文化
飲食業は「お客様を満足させること」が職業的誇りになっているスタッフが多く、「断る・毅然と対応する」ことへの心理的ハードルが高い。
SNSの口コミへの過剰な恐れ
「悪い口コミを書く」という脅しに対して、企業側が不当な要求に応じてしまうケースが多い。しかし応じることで要求が繰り返される悪循環を生む。

飲食業での対策ポイント

・酔客への対応基準(退店を求める判断基準)を事前に定める
・「SNSに書く」という脅しには毅然と「書いていただいて構いません」と対応する
・深夜帯の緊急連絡フローを整える(管理職への連絡手順を明確化)
・異物混入クレームは証拠保全・記録を最優先にする


医療現場のカスハラ——「患者様」意識が生む特有のリスク

医療現場で起きやすいカスハラの特徴

カスハラの業種別経験率で医療・福祉分野が1位(29.9%)(パーソル総合研究所 2024年調査)という事実は、多くの人にとって意外かもしれません。医療現場には「患者様を最優先に」「医療者は我慢するもの」という文化が根強く、カスハラが表に出にくい構造があります。また医師法上の応招義務(診療を断りにくい)という特有の制約も、対応を難しくしています。

医療現場で多いカスハラの具体例

・待ち時間への怒鳴り・暴言(「いつまで待たせるんだ」「バカにするな」)
・特定の医師・看護師を指名し、いなければ怒り出す
・診断・治療方針への不満から医師・スタッフへの人格攻撃
・入院中の過剰サービス要求(「24時間対応しろ」「個室にしろ」「食事を変えろ」)
・患者家族による長時間のクレーム・居座り・暴力
・「医療ミスだ」「訴えてやる」「保健所に言う」等の脅迫
・スタッフへのセクシャルハラスメント(特に看護師・受付スタッフへの被害が多い)
・クリニックに響き渡る大声での怒号・他患者への威圧

医療現場特有の問題:「行き過ぎたホスピタリティ」からの脱却

長崎県では、入院患者の家族による看護師への暴言・カスハラが続いた結果、看護師が次々と退職し、病棟が一時閉鎖に追い込まれた事例があります。「患者さんのため」という意識から我慢し続けた結果、医療サービス全体が崩壊するという最悪の事態です。医療機関は「行き過ぎたホスピタリティ」から脱却し、スタッフを守ることが医療の質を守ることという認識への転換が求められます。

医療現場特有の難しさ

応招義務(診療を断りにくい法的制約)
医師法19条により、医師は正当な理由なく診療を断ることができません。ただし、暴力・著しい迷惑行為については「正当な理由」として診療拒否が認められる判例も蓄積されつつあります。
「患者は弱者」という思い込みによる我慢
患者・家族に対して強く出ることへの心理的抵抗が強い。「病気で辛いんだから仕方ない」「家族も不安なんだから」という同情が、カスハラを受け入れる土壌になっている。
個別対応が多く、証拠が残りにくい
診察室・病室・廊下など、密閉空間での1対1のやりとりが多く、録音・録画が難しい。記録が残っていないため、後から事実確認が困難になるケースが多い。

医療現場での対策ポイント

・「院内での暴言・暴力・脅迫行為には毅然と対応します」という院内掲示を行う
・暴力・著しい迷惑行為があった場合の診療制限・診療拒否の手順を整備する
・カスハラ対応記録シートを整備し、日時・言動・対応内容を記録する習慣をつくる
・スタッフが「一人で対応しない」ことを院内ルールとして明文化する


介護・福祉現場のカスハラ——「家族」が加害者になる特有の構造

介護・福祉現場で起きやすいカスハラの特徴

介護・福祉現場のカスハラには「利用者本人からのカスハラ」と「家族からのカスハラ」の2つのパターンがあります。特に家族からのカスハラは深刻で、「親の世話をお願いしている」という立場から過大な要求・監視・クレームが続くケースが多くみられます。

介護・福祉現場で多いカスハラの具体例

【利用者本人から】
・認知症等による暴力(叩く・引っかく・物を投げる)
・介護拒否に伴う暴言・怒鳴り
・入浴・食事・排泄介助の際のセクシャルハラスメント

【家族から】
・「もっと丁寧にやれ」「なぜこんなに痩せたんだ」等の過剰クレーム
・深夜・休日の電話による執拗な問い合わせ・要求
・「施設を変える」「訴える」「マスコミに言う」等の脅迫
・特定のスタッフを指名・排除する要求
・施設内に無断で入り込み、スタッフを監視・盗撮する
・契約外のサービス(送迎・買い物代行・個別対応)の強要

介護・福祉現場特有の難しさ

「家族の不安・愛情の表れ」として許容されてきた文化
「大切な家族を預けている不安からくる言動だから仕方ない」という意識が、介護スタッフの間に根強い。しかしこの許容が、カスハラを常態化させる温床になっている。
利用者を「退去させる」ことへの高いハードル
要介護者の場合、「契約解除・退去」という最終手段が他業種より使いにくい。行き場がない利用者への配慮から、カスハラが続いても我慢し続けるケースが多い。
深刻な人手不足の中での対応
介護業界は慢性的な人手不足。カスハラが原因で離職者が出ると、残ったスタッフへの負担が増加し、さらに離職を招くという悪循環が生まれやすい。

介護・福祉現場での対策ポイント

・契約時に「施設のルール・できること・できないこと」を明確に伝える(重要事項説明書への明記)
・「利用者・家族から暴言・暴力を受けた場合の対応フロー」を整備し、スタッフに周知する
・利用者本人からの身体的カスハラは「虐待対応」と区別しながら記録・対処する
・深刻なカスハラについては、ケアマネ・行政機関と連携して対応する


業種共通——管理職が今すぐできること

業種によってカスハラの形は異なりますが、管理職としてすべき対応には共通する原則があります。

場面 管理職がすべきこと
カスハラ発生時 現場に迅速に介入し、担当スタッフを交代させる。「私が責任者です」と明示して対応を引き取る
発生後のケア 「大変だったね」とまず労い、責めない。事実確認は後回しにせず、スタッフの心理的安全を最優先する
記録・報告 日時・場所・言動内容・対応経緯を記録する。組織全体で情報共有し、再発防止策を検討する
日常の予防 「カスハラは一人で対応しなくていい」「すぐ呼んでいい」を普段から伝え続ける。相談しやすい空気をつくる

まとめ:業種の「特性」を知ることが、カスハラ対策の第一歩

カスハラは「どの業種でも起こりうる」問題ですが、どの業種で・誰が・どんな形で被害を受けやすいかは大きく異なります。小売の「その場の衆人環視」、飲食の「酔客とSNS脅迫」、医療の「応招義務と患者様文化」、介護の「家族からの監視と人手不足」——それぞれに固有の難しさがあります。

2026年10月から施行される改正労働施策総合推進法では、すべての事業主にカスハラ対策が義務付けられます。「一般的な対策を整える」だけでなく、自社の業種・現場の実態に合わせた対応フロー・マニュアル・研修を整備することが、従業員を守り、組織を守ることにつながります。

あわせて読みたい記事


カスハラ・ハラスメント防止研修を組織として取り組みたい方へ

管理職・従業員向け研修の導入、個人での動画学習、無料相談など、目的に合わせてご活用ください。

ハラスメント防止研修の
詳細を見る
研修・講演の
無料相談をする
Udemy(動画)
講座はこちら

田中 和義

田中 和義

株式会社エス・シー・ラボ 代表。人材ビジネス業界35年以上、管理職経験25年以上。年間170回以上の企業研修・講演を行う実践派講師。パワハラ・セクハラ・カスタマーハラスメント防止・アンガーマネジメント・心理的安全性・傾聴力・Z世代マネジメント・面接官トレーニング・提案営業力強化を中心に、現場で使えるスキルの習得を支援している。