「お客様は神様」という言葉が長く信奉されてきた日本で、今、カスタマーハラスメント(カスハラ)が深刻な社会問題になっています。そして2025年6月、ついにカスハラ対策を企業に義務付ける法律が成立しました。2026年10月から施行予定のこの改正法は、業種・規模を問わずすべての企業に対応を求めています。この記事では、カスハラの定義・具体例・企業が取るべき対策・管理職の役割までを解説します。
この記事でわかること
- カスタマーハラスメントとは何か——定義と背景
- カスハラの具体的な行為類型——どこからがカスハラか
- カスハラが従業員・職場に与える深刻な影響
- 2026年義務化——法改正のポイントと企業に求められること
- 企業・管理職が今すぐ取り組むべき対策
- カスハラ対応の「してはいけない」こと
カスタマーハラスメントとは何か——定義と背景
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客・取引先・利用者などから、従業員に対して行われる著しい迷惑行為の総称です。厚生労働省のカスタマーハラスメント対策企業マニュアルでは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該クレーム・言動の手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています。
カスハラを理解するための2つの軸
①要求内容の妥当性:その要求は正当なものか・合理的な範囲内か
②手段・態様の相当性:要求の伝え方・手段が社会通念上許容されるものか
正当な権利を行使するための「適切なクレーム」はカスハラではありません。要求内容が不当、または要求の仕方が行き過ぎている場合にカスハラと判断されます。
なぜ今カスハラが問題になっているのか
カスハラは以前から存在していましたが、近年特に問題視されるようになった背景にはいくつかの要因があります。
カスハラの具体的な行為類型——どこからがカスハラか
カスハラは「身体的な攻撃」だけではありません。厚生労働省のマニュアルでは、カスハラの行為類型を大きく以下に整理しています。
1 身体的な攻撃・脅迫
・暴力(叩く・物を投げる・体に触れる)
・脅迫(「殴るぞ」「訴えてやる」等の脅し)
・器物損壊(商品や什器を壊す)
2 精神的な攻撃・暴言
・侮辱・人格否定(「バカ」「使えない」「クビにしろ」等)
・長時間にわたる叱責・怒鳴り
・差別的な発言(性別・国籍・外見等に関する発言)
・「SNSに投稿する」「本社に言う」等の脅迫的言動
3 過度・不当な要求
・対応できない・応じる必要のない要求を繰り返す(過大な補償要求・謝罪要求等)
・土下座の強要
・担当者の個人情報(氏名・住所・連絡先等)の開示要求
・根拠のない返金・交換要求
4 業務妨害・拘束
・長時間にわたる居座り・クレームの繰り返し(電話・来店・メールによる長時間拘束)
・同じ内容を何度も繰り返して要求する(執拗な電話・来訪)
・複数人で押し掛けて圧力をかける
「正当なクレーム」と「カスハラ」の違い
正当なクレーム:商品・サービスの不具合・不満を、適切な方法で適切な範囲で伝える
カスハラ:要求内容が不当、または要求の手段・態様が社会通念上許容できないほど行き過ぎている
「感情的に伝える」こと自体は必ずしもカスハラではありませんが、人格否定・脅迫・長時間拘束・不当な要求が伴えばカスハラに該当します。
カスハラが従業員・職場に与える深刻な影響
カスハラは「接客業の宿命」でも「我慢するもの」でもありません。放置すれば、従業員個人だけでなく、組織全体に深刻な影響をもたらします。
2026年義務化——法改正のポイントと企業に求められること
⚠️ 最新法改正情報(2025年6月成立)
2025年6月4日、カスハラ対策を事業主に義務付ける改正労働施策総合推進法が参議院本会議で成立しました。2026年10月1日より施行予定(一部規定を除く)。業種・規模を問わず、すべての企業・団体が対象となります。また東京都では2024年10月に「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が成立し、2025年4月1日に施行済みです。
法改正で企業に求められる主な対応
企業・管理職が今すぐ取り組むべき対策
2026年の義務化を待たず、今すぐ動き始めることが重要です。管理職が特に意識すべき実践的な対策を解説します。
①「会社が従業員を守る」という姿勢を明確にする
カスハラ対策で最も重要なのは、「従業員が一人で対応しなくてよい」という組織の文化をつくることです。「カスハラには組織として毅然と対応する」という方針を経営層・管理職が明言し、現場の従業員に伝えることが第一歩です。
管理職として伝えるべき言葉の例
「理不尽な要求や暴言には、一人で対応しなくていい。すぐに私(上司)を呼んでください」
「カスハラを受けたら、必ず報告してください。あなたを守るために会社として動きます」
「我慢することが美徳ではありません。限界を超えた言動への対応は、私が引き取ります」
②管理職がカスハラ対応に「介入する」体制をつくる
カスハラが発生した際に、管理職が迅速に現場に介入できる体制をあらかじめ設計しておくことが重要です。担当者一人に任せず、上長・管理職・責任者が順次対応するエスカレーションフローを整えておきます。
カスハラ発生時の対応フロー例
①担当者が対応(一定時間内に解決しない場合は②へ)
②上司・主任クラスが交代・介入(「私が責任者です」と明示)
③管理職・店長・部長クラスが対応(「法的対応も視野に」を伝える)
④必要に応じて弁護士・警察への相談・通報
ポイント:「一人で抱え込まない仕組み」が従業員を守る
③「記録する」習慣と体制をつくる
カスハラの証拠を残すことは、後の法的対応・再発防止・被害者保護のために不可欠です。発生日時・場所・言動の内容・対応経緯を記録するフォーマットを用意し、報告を習慣化します。
記録に残すべき内容
・発生日時・場所・対応した従業員の氏名
・顧客の言動の内容(できるだけ具体的に・逐語的に)
・こちらの対応内容・伝えた言葉
・証拠(録音・録画・メール・チャット等)の有無
・その後の経緯・解決状況
④「サービスの提供を断る権利」を組織として行使できるようにする
カスハラへの最終手段として、「これ以上の対応はできない」「サービスの提供をお断りする」という選択肢を組織として持つことが重要です。これは「お客様を見捨てる」ことではなく、従業員と他の顧客を守るための正当な権利行使です。
カスハラ対応の「してはいけない」こと
良かれと思った対応が、カスハラ被害を拡大させたり、組織を危険にさらすことがあります。
| やってはいけない対応 | 正しい対応 |
|---|---|
| 不当な要求でも「クレームを収めるため」に応じてしまう | 要求が不当であれば毅然と断る。応じることで次回以降の要求が激化する |
| 「申し訳ありません」を繰り返し、謝り続ける | 事実を確認した上で、正当な場合のみ謝罪する。不当な要求への謝罪は要求の正当性を認めることになる |
| 「お客様なので何でも対応しなければ」と従業員に我慢させ続ける | カスハラは我慢するものではない。上長が介入し、従業員を交代させる |
| 被害を「大したことない」と軽視・放置する | 報告があったらすぐに事実確認し、被害者をねぎらい、記録に残す |
| 「なぜカスハラを受けたのか」と従業員を責める | 被害を受けた従業員に責任はない。まず「大変だったね」とねぎらい、事実を共有する |
まとめ:「お客様は神様」から「従業員を守る会社」へ
カスタマーハラスメントは、接客業・サービス業に従事するすべての従業員に影響する深刻な問題です。そして2026年10月からは、すべての企業に対してカスハラ対策が法的に義務付けられます。
「お客様は神様だから何でも我慢する」という時代は終わりました。従業員を守ることが、結果として顧客満足・組織の持続可能性・優秀な人材の定着につながる——その認識を経営層・管理職が持つことが、これからの時代に求められます。
方針の策定・相談窓口の設置・研修の実施・対応フローの整備——今できることから、一つずつ始めてください。
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田中 和義
株式会社エス・シー・ラボ 代表。人材ビジネス業界35年以上、管理職経験25年以上。年間170回以上の企業研修・講演を行う実践派講師。パワハラ・セクハラ・カスタマーハラスメント防止・アンガーマネジメント・心理的安全性・傾聴力・Z世代マネジメント・面接官トレーニング・提案営業力強化を中心に、現場で使えるスキルの習得を支援している。