「ハラスメント防止研修をお願いしたいのですが」——この一言だけで研修内容を組み立ててしまうと、顧客が本当に必要としているものとズレた提案になってしまいます。アクティブリスニングとオープンクエスチョンを使いこなせば、顧客自身も言語化できていなかった課題を、対話の中で一緒に掘り起こすことができます。この記事では、研修会社の営業担当者と、ハラスメント防止研修を検討する企業の研修担当者との商談を、模範対話例として再現しながら、実践的なヒアリング技術を解説します。

この記事でわかること

  1. 商談の設定——ハラスメント防止研修を検討する企業の研修担当者
  2. 模範対話例:表面的な要望から、本当の課題を引き出すまで
  3. この対話で使われているヒアリング技術の解説
  4. ヒアリングで引き出せた「本当のニーズ」の全体像
  5. このヒアリングが、なぜ講師への的確な情報伝達につながるのか

商談の設定——ハラスメント防止研修を検討する企業の研修担当者

ある研修会社の若手営業担当者が、顧客企業の人事部・研修担当者を訪問しています。顧客からの最初の要望は、シンプルなものでした。

「管理職向けに、ハラスメント防止研修をお願いしたいのですが」

この一言だけを受け取り、そのまま講師に「ハラスメント防止研修、管理職向け」とだけ伝えてしまったら、どうなるでしょうか。顧客が本当に解決したい課題とはズレた、一般論だけの研修になってしまうリスクがあります。ここからのヒアリングが、提案の質を大きく左右します。


模範対話例:表面的な要望から、本当の課題を引き出すまで

商談スタート

研修担当者

管理職向けに、ハラスメント防止研修をお願いしたいのですが。

営業

ありがとうございます。管理職向けのハラスメント防止研修ですね。差し支えなければ、今回研修を実施しようと思われたきっかけを教えていただけますか?

研修担当者

実は、グループ会社の一社でパワハラの問題が起きまして。それをきっかけに、うちも他人事ではないなと思いまして。

営業

なるほど、グループ会社での出来事がきっかけだったのですね。それは心配になりますよね。御社の中では、実際にそういった懸念を感じる場面はありますか?

研修担当者

正直に言うと、あります。古いタイプの管理職が数人いて、上下関係を意識した強い言い方で部下に指導しているのを見かけることがあります。

営業

古いタイプの管理職の方が、上下関係を意識した強い言い方をされている、ということですね。具体的には、どのような場面が多いのでしょうか?

研修担当者

部下がミスをしたときに、みんなの前で強く叱ったり、長時間説教が続いたりすることがあるようです。あとは、セクハラやマタハラ的な発言についても、人事に相談が数件来ています。

営業

パワハラだけでなく、セクハラ・マタハラに関するご相談も来ているのですね。それは研修の設計にも関わる重要な情報です。そうした言動をされている方々は、悪気があってやっているという印象ですか?

研修担当者

いえ、そこは違うと思います。むしろ悪気はまったくなくて、昔ながらのやり方を今も続けているだけ、という感じです。だからこそ、余計に難しいんですよね。

営業

悪気なく、昔ながらのやり方を続けているからこそ、難しさがある——非常によくわかります。もし研修が実現できたとしたら、管理職の方々に、具体的にどんな状態になってほしいとお考えですか?

研修担当者

そうですね……人格否定や能力否定、みんなの前で叱るようなこと、長時間の拘束、こういうことはやってはいけないんだと、しっかり意識してほしいです。それと、今の時代に合った言い方に変えていけるようになってほしいですね。

営業

人格否定・能力否定・公開の場での叱責・長時間拘束——これらをやってはいけないと意識づけることと、今の時代に合った言い換えができるようになること。この2つが大きな目標なのですね。研修は今回、単発での実施をお考えですか?それとも、何か継続的な取り組みとしてお考えでしょうか?

研修担当者

実はそこも考えていて。まずは管理職に知識をしっかりつけてもらって、現場で無自覚にそういう言い方をしている人を見かけたら、見て見ぬふりをせずに、お互いに注意し合えるような風土を作りたいんです。だから、まずは知識づけから始めたいと思っています。


この対話で使われているヒアリング技術の解説

この対話の中で、営業担当者はどんな技術を使っていたでしょうか。一つずつ振り返ります。

バックトラッキング
「グループ会社での出来事がきっかけだったのですね」「古いタイプの管理職の方が……ということですね」と、相手の言葉をそのまま繰り返すことで、「しっかり聞いています」というメッセージを送り、次の発言を引き出しています。
きっかけを聴く
オープンクエスチョン
「きっかけを教えていただけますか?」——最初の要望をそのまま受け取らず、背景にある「きっかけ」を確認することで、グループ会社のパワハラ問題という重要な情報を引き出しています。
状況質問
(SPINのS)
「御社の中では、実際にそういった懸念を感じる場面はありますか?」——外部の出来事から、自社の状況に引き寄せる質問で、社内に存在する具体的な問題(古いタイプの管理職)を引き出しています。
具体化する質問
「具体的には、どのような場面が多いのでしょうか?」——抽象的な回答を具体的なエピソードにまで掘り下げることで、公開の場での叱責、長時間の説教、セクハラ・マタハラ相談という詳細情報を得ています。
本質を捉える質問
「悪気があってやっているという印象ですか?」——問題行動の「意図」を確認する質問によって、研修設計上、極めて重要な情報(悪意ではなく無自覚であること)を引き出しています。この一言が、研修のトーン設計を大きく左右します。
理想の状態を聴く
示唆質問
「管理職の方々に、具体的にどんな状態になってほしいとお考えですか?」——研修のゴールイメージを言語化させる質問で、「やってはいけないことの意識づけ」「時代に合った言い換え」という、研修の到達目標を明確にしています。
先を見据える質問
「単発か、継続的な取り組みか」——研修後の展開まで視野に入れた質問によって、「まず知識づけから始め、社内で注意し合える風土を作りたい」という、研修担当者自身も整理しきれていなかった構想を、対話の中で言語化させています。

ヒアリングで引き出せた「本当のニーズ」の全体像

最初の「ハラスメント防止研修をお願いしたい」という一言から、対話を通してここまでの情報が引き出せました。

ヒアリングで判明した情報

・きっかけ:グループ会社でのパワハラ発生
・自社の実態:古いタイプの管理職数名が上下関係を意識した強い指導をしている
・具体的な問題行動:公開の場での叱責、長時間の説教、セクハラ・マタハラ的発言(人事相談複数件)
・問題の性質:悪意ではなく、無自覚・前時代的なやり方の継続
・研修のゴール:人格否定・能力否定・公開処刑・長時間拘束の禁止意識づけ、時代に合った言い換えの習得
・今後の展開:まず管理職への知識づけ、その後は社内で相互に注意し合える風土づくり

最初の一言だけでは、決して見えてこなかった情報です。この情報量の差が、そのまま提案の質、そして研修そのものの質の差になります。


このヒアリングが、なぜ講師への的確な情報伝達につながるのか

もしこの営業担当者が「管理職向けハラスメント防止研修、お願いします」とだけ講師に伝えていたら、講師は一般的な内容の研修しか組み立てられません。しかし、今回のヒアリングで得られた情報があれば、講師は次のような具体的な研修設計ができます。

  • 「悪意ではなく無自覚」という前提に立った、責めない・巻き込む研修トーン
    受講者を「加害者候補」として扱うのではなく、「知らなかっただけ」という前提で伝えることで、受講者の抵抗感を減らせます。
  • 「人格否定・能力否定・公開処刑・長時間拘束」に焦点を絞った具体的な事例演習
    抽象的な法律解説ではなく、この企業で実際に起きている行動パターンに即した演習を組み込めます。
  • 「時代に合った言い換え」を実際に練習するロールプレイの導入
    知識だけでなく、実際に使える言葉に変換する体験を研修に組み込めます。
  • 今後の「相互注意し合う風土づくり」を見据えた、フォローアップ提案
    単発研修で終わらせず、次のステップ(相互注意の仕組みづくり研修など)を見据えた提案ができます。

まとめ:一言の要望を、講師が動ける「設計図」に変えるのがヒアリング

「ハラスメント防止研修をお願いしたい」——この一言は、あくまで氷山の一角です。バックトラッキングで安心感を作り、オープンクエスチョンで「きっかけ」「現状」「意図」「理想」「今後の展開」を丁寧に引き出すことで、顧客自身も整理しきれていなかった構想が、対話の中で明確な形になっていきます。

この情報量の差が、そのまま提案の説得力、そして研修そのものの効果の差になります。営業担当者にとってのヒアリングとは、顧客の要望を右から左に伝える作業ではなく、顧客の頭の中を一緒に整理し、講師が動ける「設計図」に変える仕事なのです。

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田中 和義

田中 和義

株式会社エス・シー・ラボ 代表。人材ビジネス業界34年以上、営業・営業マネージャー経験25年以上。年間170回以上の企業研修・講演を行う実践派講師。提案営業力強化・ハラスメント防止・面接官トレーニング・コーチングを中心に、現場で使えるスキルの習得を支援している。著書『採用を成功に導く面接官超入門 失敗しない見極め&動機づけの実践スキル』好評発売中。Amazonで購入する 楽天ブックスで購入する