「相談窓口は、まだうちには必要ないと思っていました」——中小企業の経営者・人事担当者から、こうした言葉を聞くことは今でも少なくありません。実際には、パワハラ・セクハラの相談窓口設置は2022年4月から中小企業も含めて義務化済みであり、2026年10月からはカスタマーハラスメント対策も加わり、規模を問わずすべての企業が対象になります。しかし現実には、「事件が起きてから、やっと腰を上げる」企業が今も多いのです。この記事では、私が実際に見てきた事例も交えながら、ハラスメント相談窓口の作り方と対応マニュアルの基本を解説します。
この記事でわかること
- 「事件が起きてから」では遅すぎる——私が見た現実
- ハラスメント相談窓口は今、法的にどう求められているか
- 相談窓口がない企業に起きるリスク
- 相談窓口の作り方——5つのステップ
- 相談を受けたときの対応マニュアル——初動が運命を決める
- 「闇に葬る」対応がもたらす本当のリスク
- 中小企業がまず今すぐできること
「事件が起きてから」では遅すぎる——私が見た現実
私が研修やコンサルティングで関わっている、ある従業員数200名規模のメーカー企業での出来事です。この会社には、これまでハラスメントに関する相談窓口がきちんと機能していませんでした。「うちは大丈夫」という空気が、社内に長く流れていたのです。
ある日、社内の管理職がセクシャルハラスメント事案を起こしました。被害を受けた社員からの訴えを受け、会社として対応を検討する場が持たれました。
そこで、70歳を超える古参の役員が、こう提案したそうです。
昔のやり方を知る役員にとっては、これが「会社を守る」ための判断だったのでしょう。しかし、この提案を聞いた若い社長は、強い違和感を覚え、私に相談を持ちかけてきました。
私はその場で、あえて厳しい言葉で伝えました。
今の時代、何かが「内々に処理された」ことは、必ずどこかから漏れます。被害者本人が声を上げる、SNSに書き込まれる、転職サイトの口コミに残る——情報が拡散する経路は無数にあります。「隠す」という選択は、もはや会社にとって最大のリスクになっているのです。
このメーカーは、この出来事をきっかけに、相談窓口の整備と対応マニュアルの作成に着手しました。「事件が起きてから、やっと動き出す」——これが、多くの中小企業の現実です。
ハラスメント相談窓口は今、法的にどう求められているか
「相談窓口がなくても、これまで大きな問題はなかった」という感覚を持つ経営者は少なくありません。しかし、法律上の位置づけは、すでに大きく変わっています。
法律で義務付けられている主な措置は、次の3つです。
企業に義務付けられている3つの措置
①事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
「ハラスメントを許さない」という方針を明文化し、社員に周知すること
②相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
相談窓口を設置し、いつでも利用できるよう周知すること
③ハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
実際に問題が発生した際、被害者・行為者への適切な対応を行うこと
相談窓口がない企業に起きるリスク
「相談窓口がない」「あっても機能していない」という状態を放置すると、企業には複数のリスクが重なってきます。
相談窓口の作り方——5つのステップ
相談窓口は、複雑な仕組みでなくても構いません。中小企業でも実践可能な、基本的な作り方を解説します。
ステップ①:窓口担当者を決める
まず、相談を受け付ける担当者を決めます。人事部門がない中小企業では、総務担当者・経営層の信頼できる社員を複数名指定することが現実的です。男女両方を窓口担当に置くことで、相談者が話しやすい相手を選べるようにすることも重要です。
ステップ②:社内窓口だけに頼らない体制を考える
社内の人間関係上、社内窓口だけでは相談しにくいケースも多くあります。社労士・弁護士事務所・外部相談機関への委託を組み合わせることで、社員が安心して相談できる体制になります。中小企業でもコストを抑えて契約できる外部委託サービスが増えています。
ステップ③:会社の方針を明文化する
「当社はハラスメントを許さない」という方針を、就業規則・ハラスメント防止規程に明記します。経営者自身の言葉で、その想いを社員に直接伝えることも非常に効果的です。経営者からの発信がないと、対策は形だけのものになりがちです。
ステップ④:周知する
窓口を作っても、社員に知られていなければ意味がありません。社内報・掲示板・入社時研修・全社会議など、複数の手段で繰り返し周知します。「困ったときは、ここに相談できる」ということを、社員全員が知っている状態を作ることがゴールです。
ステップ⑤:窓口担当者に研修を行う
窓口を設置しても、担当者が適切に対応できなければ機能しません。相談の受け方・秘密保持の重要性・二次被害を防ぐ対応の仕方について、窓口担当者向けの研修を実施することが不可欠です。
相談を受けたときの対応マニュアル——初動が運命を決める
相談窓口があっても、実際に相談を受けたときの対応を誤ると、二次被害や問題の悪化を招きます。基本となる対応フローを整理します。
「闇に葬る」対応がもたらす本当のリスク
冒頭の体験談に戻ります。「内々に処理して、なかったことにしよう」という提案は、決して特殊な発想ではありません。長く会社に貢献してきた世代にとって、「会社の問題は内部で収める」という価値観は、自然なものだったのかもしれません。
しかし、今の時代にこの対応を取ると、企業はより大きなダメージを受けます。
「闇に葬る」対応が招くもの
・被害者が外部(労働局・SNS・転職サイト・マスコミ)に訴え、より大きな問題として発覚する
・「隠蔽していた」という事実が、ハラスメント自体より重い社会的批判の対象になる
・社内で「会社は問題を隠す」という不信感が広がり、組織全体の士気が下がる
・他の社員が「自分も相談しても無駄だ」と思い込み、別の問題が表面化しなくなる
「隠す」ことは、もはや会社を守る手段にはなりません。むしろ、「誠実に対応した」という事実こそが、企業を守る最大の防御策になります。これは、年齢や世代の問題ではなく、「今の時代の常識」として、経営層・管理職全員が理解しておく必要があります。
中小企業がまず今すぐできること
「相談窓口を作る」「対応マニュアルを整える」と聞くと大変そうに感じますが、まずできることから始めれば十分です。
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まず「窓口担当者」を1〜2名決める
完璧な制度を最初から作らなくても構いません。「まずは誰が受けるか」を決めることがスタートです。 -
「相談してもいい」というメッセージを社員に伝える
経営者・管理職が、社員に向けて一言伝えるだけでも、心理的な安心感は大きく変わります。 -
外部の専門家に相談する
社労士・弁護士・ハラスメント対策の専門コンサルタントに相談し、自社に合った無理のない仕組みを一緒に設計してもらうことも、効率的な第一歩です。 -
管理職研修で「最初の対応」を学ぶ
相談を最初に受けるのは、多くの場合、現場の管理職です。窓口担当者だけでなく、管理職全体がハラスメント対応の基本を理解しておくことが重要です。
まとめ:「事件が起きてから」では、もう遅い
相談窓口の設置と対応マニュアルの整備は、すでに法的な義務です。「うちはまだ大丈夫」という油断が、ある日突然、会社の存続を揺るがす事態につながります。
私が見てきた事例のように、「内々に処理しよう」という昔のやり方が、今の時代には逆に会社を危険にさらします。SNS時代において、誠実な対応こそが、会社と社員を守る最も確実な方法です。
完璧な制度を最初から目指す必要はありません。まずは窓口担当者を決め、社員に「相談していい」というメッセージを伝えることから始めてください。事件が起きる前に、今すぐ動き出すこと——それが、これからの時代に企業が生き残るための第一歩です。
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田中 和義
株式会社エス・シー・ラボ 代表。人材ビジネス業界35年以上、管理職経験25年以上。年間170回以上の企業研修・講演を行う実践派講師。多数の企業顧問を経験し、ハラスメント相談窓口の整備・対応体制づくりを支援。パワハラ・セクハラ・カスタマーハラスメント防止・アンガーマネジメント・心理的安全性を中心に、現場で使えるスキルの習得を支援している。