「なぜそんな指導をするのですか?」と聞くと、パワハラをしている管理職のほぼ全員が同じことを言います。「私が若い頃、上司にしてもらったように指導しているだけです。それのどこが悪いんですか?」——これが、今の職場でパワハラが起き続けている最も根本的な原因です。悪意ではありません。時代の変化に気づいていない「時代錯誤」が、人を傷つけているのです。

この記事でわかること

  1. 「私が若い頃にされた指導」——顧問先で驚いた体験談
  2. パワハラという言葉がなかった時代に何が行われていたか
  3. 「時代錯誤」の指導スタイルに共通する3つのパターン
  4. なぜ「昔の指導の再現」が今アウトなのか
  5. 時代の進化についていく——今の管理職に求められること

「私が若い頃にされた指導をしているだけ」——顧問先での衝撃的な体験

私はこれまで多くの企業で顧問や管理職研修を担当してきました。その中で、忘れられない体験があります。

ある企業での出来事です。日頃の言動がパワハラっぽいと社内で問題になっていた課長クラスの管理職数名と、個別に面談をする機会がありました。それぞれの管理職に、同じ質問を投げかけました。

「部下への指導について聞かせてください。なぜそういう伝え方をするのですか?」

面談した課長全員が、ほぼ同じ言葉を返してきました。

「私が若い頃、上司にしてもらったように指導しているだけです。
それのどこが悪いんですか?」

私は驚きました。一人や二人ではなく、面談した全員が同じことを言ったのです。

その言葉には悪意がありませんでした。むしろ、誰もが真剣な表情で、心からそう信じていました。「自分が受けた指導は正しかった。だから同じようにしている」——そう確信して、部下に接していたのです。

しかしそれこそが問題の本質でした。彼らは悪人ではありません。ただ、時代が変わったことに気づいていなかっただけです。


パワハラという言葉がなかった時代に、職場で何が行われていたか

「パワーハラスメント」という言葉が日本で初めて使われたのは2001年のことです。2020年にパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行されましたが、職場全体でパワハラへの意識が本格的に高まったのは、ほんの10年程度のことに過ぎません。

それ以前——今の40代・50代の管理職が若手だった頃の職場では、今では考えられないことが「普通の指導」として日常的に行われていました。

人格否定
「バカ野郎」「お前には無理だ」「使えない」「給料泥棒」——こうした言葉が「熱血指導」「本気で育てている証拠」として語られた時代がありました。言った側は「愛のムチ」のつもりでした。
能力否定
「お前にはセンスがない」「この仕事は向いていない」「なんでこんなこともできないんだ」——成果や行動ではなく、その人の能力・人間性ごと否定することが「厳しい指導」とされていました。
公開処刑
全員の前でミスを晒し、怒鳴りつける。朝礼・会議・営業所内での「見せしめ」のような叱責が、「他への見本」として機能するとされていました。当事者がどれだけ傷ついても、それが「当然の代償」とされていた時代がありました。
長時間叱責
1時間・2時間にわたって怒鳴り続ける、同じことを何度も繰り返して責め続ける——「それだけ本気で向き合っている」とさえ思われていた行為が、今では精神的攻撃・パワハラ認定の典型例になっています。
精神論強要
「気合いが足りない」「根性で乗り越えろ」「泣き言を言うな」——心身の状態を無視した精神論が「強さを育てる指導」として当然視されていました。

これらが「指導」として機能していたのは、当時の職場環境・社会規範・法律の未整備という特定の時代背景があったからです。受けた側が傷ついていなかったわけではありません。ただ言えなかっただけです。「これが社会だ」「耐えるしかない」と思い込み、黙って受け入れていた——それが当時の現実でした。


「時代錯誤」の指導スタイルに共通する3つのパターン

顧問として多くの現場を見てきた中で、「昔の指導を再現しているパワハラ管理職」には共通するパターンがあります。

1 「自分も受けた。だから正しい」という思考の罠

「私はこの指導で育ったんだ」「あの厳しさがあったから今の自分がある」——これは一見、筋の通った話に聞こえます。しかし「自分が耐えられた」ことは、「その指導が正しかった」証明にはなりません。

実際には、同じ指導を受けた人の中に、深く傷ついて辞めていった人・メンタルを崩した人・その後の人生に影響が出た人が、確実に存在します。ただ「残った人・乗り越えた人」が声を上げ、「傷ついた人」は黙って去っていっただけです。「自分が耐えた」という体験は、サンプリングバイアス(都合のいいデータだけを見る偏り)の典型なのです。

2 「厳しさ=愛情」という誤った等式

「怒るのは本気で期待しているからだ」「甘やかしたら育たない」——この感覚には、部下への関心や期待が含まれているケースもあります。しかし「愛情があれば、どんな手段を使ってもいい」という論理は成立しません。

「愛情」と「暴言」「人格否定」「公開処刑」は別物です。厳しく伝えることと、感情的に怒鳴ることは別物です。相手の尊厳を守りながら、必要なことを明確に・強く伝えることは可能です。手段を間違えた「愛情」は、相手を傷つけるだけです。

3 「今の若者が変わった」という逆転した認識

「最近の若い子はメンタルが弱い」「昔はみんな耐えていた」「少し怒っただけで傷ついたと言う」——こうした言葉を聞くたびに、私は「逆です」と伝えます。

変わったのは若者ではなく、社会の基準です。「傷ついたと言えるようになった」のは弱くなったからではなく、「傷ついたと言っていい時代になった」からです。昔から傷ついていた人はいた。ただ言えなかっただけ——これを理解できるかどうかが、時代についていける管理職かどうかの分かれ目です。


なぜ「昔の指導の再現」が今アウトなのか——リスクの正体

「昔は普通だった」から「今もやっていい」は成立しません。時代の変化とともに、「昔の指導の再現」には具体的かつ深刻なリスクが生まれています。

リスク①:法的責任——パワハラ防止法違反・損害賠償

2020年に施行されたパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)により、企業にはパワハラ防止措置が義務付けられています。パワハラが発生した場合、行為者個人への損害賠償請求・会社への安全配慮義務違反による訴訟リスクが現実のものとなっています。「知らなかった」は免責になりません。

リスク②:離職——優秀な人材が最初に去る

パワハラ的な職場環境に最初に見切りをつけて去るのは、他の選択肢を持っている優秀な人材です。転職市場での価値が高い人ほど、早く・静かに辞めていきます。残るのは「他に行けない人」だけになり、組織の質が下がっていきます。

リスク③:心理的安全性の崩壊——チームが機能しなくなる

人格否定・公開処刑・長時間叱責が横行する職場では、メンバーは「失敗を隠す」「本音を言わない」「指示待ちになる」方向に適応します。これはチームとしての学習・改善・創造性を根本から損なわせます。「厳しくしたら成果が出る」という時代は、とうに終わっています。

リスク④:本人のキャリアへのダメージ

パワハラ行為者として認定された管理職は、降格・配置転換・懲戒処分の対象になるケースが増えています。「自分は普通の指導をしているだけ」という認識のまま、ある日突然キャリアに大きなダメージを受ける——これが今の現実です。

「私は普通の指導をしているだけ」は通用しない

パワハラの判断基準は、行為者の意図ではなく、受け取った側がどう感じたかです。「自分はパワハラをしているつもりはない」は、パワハラでないことの証明にはなりません。相手が「尊厳を傷つけられた」「就業環境が害された」と感じれば、それはパワハラになりえます。


時代の進化についていく——今の管理職に求められること

「昔の指導が間違っていた」と認めることは、自分の過去を全否定することではありません。「時代が変わった。だから自分も変わる必要がある」というシンプルな事実を受け入れることです。

スマートフォンが毎年アップデートを繰り返して機能を高めるように、私たちの「人への接し方・育て方」も時代に合わせてアップデートし続けなければなりません。

①「厳しく伝える」と「感情的に怒る」を切り離す

厳しい指導は必要な場合があります。しかしそれは「感情をぶつけること」とは別物です。冷静に・具体的に・相手の尊厳を守りながら、必要なことを明確に伝える。これが今の時代の「厳しい指導」です。感情的に怒鳴ることは、指導の効果を下げるだけでなく、相手の脳を防衛モードに入れて学習効果も落とします。

②「人格」ではなく「行動」を指摘する

「お前はダメだ」ではなく「今回のこの行動が問題だった」。人格や能力全体を否定せず、具体的な行動・事実に絞って伝えることで、指導は建設的になります。「あなたはできない」という人格否定は、やる気を削ぐだけで何も解決しません。

③「なぜ」を先に伝えてから動かす

今の若手世代は「なぜそうするのか」の理由を理解してから動く世代です。「言われたことをやれ」「黙って従え」では動きません。「この仕事は〇〇のためで、あなたにとって△△の成長につながる」と目的・意味を先に伝えることが、今の指導の基本です。

④「1on1で聴く」を習慣にする

パワハラ的な管理職の多くは、「伝える」ことに時間を使い、「聴く」ことをしていません。定期的な1on1で部下の声を聴く時間をつくることが、信頼関係を育て、問題を早期に発見し、部下のモチベーションを維持する最も効果的な方法です。

自分の指導を振り返る4つの問い

「この言い方を、他の管理職の前でもできるか?」
「この指導を、録音・録画されても問題がないか?」
「これは部下の成長のためか、それとも自分の感情のはけ口になっていないか?」
「これを言われた部下は、明日も元気に出社できるか?」


まとめ:「パワハラ」という言葉がなかった頃の真似をしてはいけない

面談した課長全員が同じことを言った——「私が若い頃にされた指導をしているだけだ」。その言葉は、悪意からではなく、自分の体験への誇りと、部下への(歪んだ形の)期待から出てきた言葉でした。

しかしその「誇り」と「期待」が、今の時代には人を傷つける凶器になっています。

パワハラという言葉がなかった頃——人格否定も能力否定も公開処刑も、「厳しい指導」として黙認されていた時代——その頃の真似をすることは、今の時代では加害者になるリスクが高すぎます。

時代はよくなっています。社員一人ひとりが尊重される、いい時代になっています。その進化について行くことが、これからの管理職に求められることです。

「昔の上司がしてくれたこと」を部下に再現するのではなく、「今の時代に合った指導」を自分で考え、実践する——それが、真の意味で部下の成長を願う管理職の姿だと、私は信じています。

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田中 和義

田中 和義

株式会社エス・シー・ラボ 代表。人材ビジネス業界35年以上、管理職経験25年以上。年間170回以上の企業研修・講演を行う実践派講師。多数の企業顧問を経験し、管理職の指導スタイルの改善・ハラスメント防止・組織開発を支援。パワハラ防止・アンガーマネジメント・心理的安全性・傾聴力・Z世代マネジメント・面接官トレーニング・提案営業力強化を中心に、現場で使えるスキルの習得を支援している。