「社内でハラスメント事案が起きてしまった。どう対応すればいいのか」——この問いに、多くの管理職・経営者が戸惑います。特に危険なのが、「なかったことにしよう」「内々に処理しよう」という判断です。私が実際に相談を受けた事例では、古参役員からそのような提案が出たケースがありました。この記事では、ハラスメント事案が発生したときに会社・管理職が取るべき対応の流れを、実例とともに解説します。

この記事でわかること

  1. 「もみ消してなかったことにしよう」——実際に相談を受けた事例
  2. なぜ「もみ消し」は絶対にやってはいけないのか
  3. ハラスメント事案発生時の対応フロー——5つのステップ
  4. 初動対応で絶対にやってはいけないこと
  5. 行為者への対応——処分の考え方
  6. 事案後の再発防止——「起きたこと」を組織の財産にする

「もみ消してなかったことにしよう」——実際に相談を受けた事例

ある企業でハラスメント防止研修を行った後、その会社の社長から連絡が来ました。

「田中さん、実は社内でセクハラ問題が起きてしまいました。古参の役員から『該当者の今後のキャリアに支障が出るから、もみ消してなかったことにしよう』という意見が出ています。この考えはどう思いますか?」

私は即答しました。

「だめです。絶対にやめてください。もみ消しをしたら、この会社は『セクハラをもみ消した会社』『ハラスメントに寛容な会社』ということがSNSで拡散されるリスクがあります。社員からの不信感も生まれます。すぐに調査を行い、会社として毅然とした判断をしてください。むしろこれは、『会社はハラスメントを許さない』という姿勢を示す機会にすべきです」

古参役員の提案は「行為者を守るため」という意図だったかもしれません。しかし結果として、会社全体を危険にさらす判断です。被害者への二次被害、社員全体の不信感、SNS・口コミでの拡散、法的リスク——もみ消しによるダメージは、適切な対応をはるかに上回ります。


なぜ「もみ消し」は絶対にやってはいけないのか

「内々に処理する」という判断が、なぜこれほど危険なのか。理由を整理します。

1
SNS時代に「隠蔽」は必ず発覚する
被害者本人・周囲の社員・退職者——情報は必ずどこかから漏れます。「もみ消した」という事実は、ハラスメント行為そのものより重い社会的批判の対象になります。
2
被害者への「二次被害」になる
「なかったことにする」は、被害者に「あなたの訴えは無視された」というメッセージを送ることになります。これは法的にも問題になりえる二次被害です。
3
社員全体の不信感・離職につながる
「この会社は問題を隠す」という認識が広まると、特に優秀な社員から先に離れていきます。「何かあっても守ってもらえない」と感じた社員は、会社への信頼を失います。
4
法的義務違反になる
2022年4月から、中小企業を含むすべての企業にハラスメント事案への適切な対応が義務付けられています。もみ消しは法令違反であり、行政指導・企業名公表のリスクもあります。

「行為者のキャリアを守る」という発想は、一見思いやりのように見えます。しかし会社の義務は、まず被害者を守ることです。行為者への配慮は、適切な対応を取った上で、処分の重さの中で考えるものです。


ハラスメント事案発生時の対応フロー——5つのステップ

実際にハラスメント事案が発生したとき、会社・管理職はどう動くべきか。基本的な対応フローを整理します。

1 相談・報告を受けたら、まず被害者の話を丁寧に聴く

第一報を受けたとき、最初にやるべきことは被害者の話を否定せず、最後まで聴くことです。「それくらい大したことない」「誤解ではないか」という反応は、その場で被害者の心を閉ざします。まず「話してくれてありがとう」と受け止め、事実を丁寧に聞き取ります。

このとき必ず確認すること:いつ・どこで・誰に・何をされたか(5W1H)、現在の心身の状態、今後どうしてほしいか(本人の意向)

2 秘密保持を徹底し、関係者への情報漏洩を防ぐ

相談内容は、調査に必要な最小限の人員以外には絶対に共有しません。「誰が誰に相談した」という情報が広まると、被害者がさらに傷つき、職場環境が悪化します。相談者には「この情報を守ります」と明確に伝え、信頼を確保します。

3 事実関係を公平に調査する

被害者の話だけで判断を下さず、行為者・目撃者からも公平に話を聴きます。感情に流されず、事実を客観的に把握することが重要です。社内だけでの調査が難しい場合は、社労士・弁護士などの第三者を交えることが望ましいです。調査の記録は必ず書面で残します。

4 事実確認後、会社として毅然とした判断・措置を取る

調査の結果、ハラスメントの事実が確認されたら、行為者への適切な処分・被害者へのケア・再発防止策の策定を速やかに行います。「様子を見る」「口頭で注意するだけ」という曖昧な対応は、問題を長期化・深刻化させます。

5 被害者・関係者へのフォローを継続する

処分が決まったら終わりではありません。被害者が職場で安心して働き続けられるかを定期的に確認します。必要に応じて、部署移動・業務変更・産業医・カウンセラーへの相談などの支援を行います。


初動対応で絶対にやってはいけないこと

「なかったことにする」「内々に処理する」
冒頭の事例の通り、最も危険な判断です。被害者・社員・社会への信頼を一度に失います。
相談を受けた管理職が一人で抱え込む
「自分で解決しよう」と判断を一人で下すことは禁物です。必ず上位者・人事・専門家に報告・相談します。
被害者を不利益な扱いにする
相談したことを理由に異動・降格・評価を下げることは法律で禁止されています。これ自体が新たなハラスメントになります。
調査前に行為者を断定・糾弾する
被害者の話だけを聞いて、行為者を公の場で断定することは公平性を欠きます。調査完了まで、冷静で中立な姿勢を保ちます。
「様子を見よう」と対応を先延ばしにする
初動の遅れは問題を深刻化させます。相談を受けたら、速やかに動くことが原則です。

行為者への対応——処分の考え方

ハラスメントの事実が確認された場合、行為者への処分を検討します。処分の重さは、行為の内容・頻度・被害の深刻さ・本人の反省の態度などを総合的に判断します。

処分の一般的な段階(軽い順)

口頭注意 → 書面による警告 → 減給・降格 → 出勤停止 → 諭旨解雇 → 懲戒解雇

ここで重要なのは、「行為者のキャリアへの影響」よりも「被害者の安全と組織の公正さ」を優先するということです。冒頭の事例のように「キャリアが傷つくから」という理由でもみ消すことは、組織の公正さを根本から損ないます。

また、処分と同時に行為者への再発防止教育も必要です。処分だけで終わらせず、「なぜその行為がハラスメントにあたるか」を理解させることが、本当の意味での再発防止につながります。


事案後の再発防止——「起きたこと」を組織の財産にする

ハラスメント事案は、組織にとって痛みを伴う出来事です。しかし私がアドバイスしたように、これを「会社がハラスメントを許さないという姿勢を示す機会」と捉えることができれば、組織はより強くなれます。

  • 全社員への周知——「何があり、どう対応したか」を適切な範囲で伝える
    個人情報を守りながら、「会社は毅然と対応した」という事実を社員に伝えることで、信頼が生まれます。
  • ハラスメント防止研修の実施・強化
    事案発生後に研修を実施することで、「この会社は本気で取り組んでいる」というメッセージが組織全体に届きます。
  • 相談窓口の整備・周知の強化
    「相談できる場所がある」という安心感が、次の問題の早期発見につながります。

まとめ:「毅然とした対応」こそが、会社と社員を守る

「もみ消してなかったことにしよう」——この判断は、一見行為者を守るように見えて、実は会社全体を危険にさらします。SNS時代において、誠実で毅然とした対応こそが、会社の信頼を守る唯一の方法です。

ハラスメント事案が起きたとき、管理職に求められるのは、「速やかに・公平に・毅然と」対応することです。そして、その経験を「会社がハラスメントを許さないという姿勢を示す機会」に変えることができれば、組織は一段と強くなります。

「何かあったとき、この会社は守ってくれる」——社員がそう感じられる職場をつくることが、管理職・経営者に求められる最も重要な役割のひとつです。

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田中 和義

田中 和義

株式会社エス・シー・ラボ 代表。人材ビジネス業界35年以上、管理職経験25年以上。年間170回以上の企業研修・講演を行う実践派講師。多数の企業顧問として、ハラスメント事案への対応支援・相談窓口の整備・再発防止研修を実施してきた実績を持つ。パワハラ・セクハラ・カスタマーハラスメント防止・アンガーマネジメント・面接官トレーニング・提案営業力強化を中心に、現場で使えるスキルの習得を支援している。2026年8月30日、著書『採用を成功に導く面接官超入門 失敗しない見極め&動機づけの実践スキル』発売。